妊娠という、喜ばしくも神秘的な体の変化。しかし、その過程で多くの妊婦さんが、これまで経験したことのないような、様々なマイナートラブルに見舞われます。その中でも、地味ながらも非常につらく、食事や会話の楽しみを奪ってしまうのが「口内炎」です。なぜ、妊娠中はこんなにも口内炎ができやすくなるのでしょうか。その背景には、妊娠期特有の、ホルモンバランス、免疫力、そして生活習慣の劇的な変化が、複雑に絡み合っています。まず、最も大きな影響を与えているのが、「ホルモンバランスの変動」です。妊娠すると、女性ホルモンであるエストロゲンやプロゲステロンの分泌量が、非妊娠時とは比較にならないほど増加します。これらのホルモンは、胎児を育むために不可欠ですが、一方で、母体の様々な部分に影響を及ぼします。口の中も例外ではなく、ホルモンの影響で歯肉の血管が充血しやすくなったり、特定の歯周病菌が繁殖しやすくなったりして、歯肉炎を起こしやすくなります。この口内環境の悪化が、口内炎の発生にも繋がるのです。次に、「免疫力の変化」も関係しています。妊娠中は、母体が胎児を「異物」として攻撃しないように、免疫機能が意図的に抑制される傾向にあります。この免疫力の低下により、普段なら問題にならないような、口の中の常在菌や、外部から侵入したウイルスに対する抵抗力が弱まり、口内炎ができやすくなると考えられています。また、妊娠初期の「つわり」も、大きな引き金となります。吐き気や嘔吐によって、食事が偏りがちになり、特に、口の粘膜の健康を保つために不可欠なビタミンB群が不足しやすくなります。嘔吐によって、強い酸である胃酸が口の中に逆流し、粘膜を荒らしてしまうことも、直接的な原因となります。さらに、妊娠中の「ストレス」や「睡眠不足」も、自律神経のバランスを乱し、免疫力を低下させる要因です。このように、妊娠中の口内炎は、単一の原因ではなく、ホルモン、免疫、栄養、生活習慣といった、いくつもの要因が重なり合って発生する、いわば「妊娠期特有のサイン」なのです。
妊婦が口内炎になりやすいのはなぜか