インフルエンザ、はしか、風疹、水ぼうそう。私たちの周りには、ワクチンによってその脅威を大きく減らすことができる感染症が数多くあります。ワクチンは、人類が感染症との戦いにおいて手にした最も強力な武器の一つです。しかし、夏の子供たちの間で猛威を振るう手足口病には、残念ながら、現在の日本では定期接種として利用できるワクチンが存在しません。なぜ、これほどありふれた病気であるにもかかわらず、有効なワクチンがないのでしょうか。その理由は、手足口病の犯人であるウイルスの「多様性」にあります。ワクチンは、特定の病原体を標的として、その病原体に対する免疫を人工的に作り出すためのものです。しかし、前述の通り、手足口病を引き起こすエンテロウイルスには、コクサッキーウイルスやエンテロウイルス71など、数十種類もの型が存在します。もし、ある一つの型、例えばコクサッキーウイルスA16に対するワクチンを開発したとしても、そのワクチンは他の型のウイルスには効果がありません。全ての型をカバーできるような「多価ワクチン」を開発することは、技術的にもコスト的にも非常にハードルが高いのです。これが、手足口病のワクチン開発がなかなか進まない大きな理由です。ちなみに、海外、特にアジアの一部の国では、重症化しやすいとされるエンテロウイルス71(EV71)に的を絞った単独のワクチンが開発され、実用化されていますが、日本ではまだ承認されていません。将来的には、複数の主要な型をカバーするワクチンが登場する可能性もありますが、現時点ではその恩恵を受けることはできません。では、ワクチンという強力な盾がない状況で、私たちは一体何を頼りに手足口病と戦えばよいのでしょうか。その答えは、二つしかありません。一つは、感染することでしか得られない「自然免疫」。そしてもう一つが、日々の生活の中で地道に実践する「基本的な感染予防策」です。自然免疫は、一度かかった型のウイルスに対しては強力な防御力を発揮しますが、未知の型には無力です。だからこそ、後者の感染予防策が極めて重要になります。