私が人生で初めて救急車を呼ぶことになったのは、32歳の夏のことでした。その日の昼過ぎ、会社のデスクで仕事をしていると、みぞおちのあたりに、シクシクとした鈍い痛みを感じ始めました。前日の夜に、少し飲み過ぎた自覚があったので、「ああ、二日酔いの胃痛だな」と、特に気にも留めずにいました。市販の胃薬を飲み、仕事を続けましたが、痛みは一向に治まる気配がありません。夕方になる頃には、痛みは胃からおへその周りへと、じわじわと移動してきました。そして、吐き気も催し始め、立っているのがつらくなってきたのです。早めに退社し、家に帰って横になりましたが、痛みはさらにその場所を変え、今度は「右下腹部」に、まるで錐で刺されるような、鋭い痛みが集中し始めました。軽く咳き込んだり、寝返りをうったりするだけで、お腹に激痛が走ります。この時点で、私はようやく「これはただの胃痛ではない」と悟りました。熱を測ると38度を超えています。インターネットで「みぞおちの痛み、右下へ移動」と検索すると、出てくるのは「虫垂炎(盲腸)」の文字ばかり。その典型的な症状の経過が、自分の身に起きていることと、あまりにも一致していました。痛みに耐えかねた私は、ついに救急車を呼ぶことを決意しました。救急隊員の方が到着し、お腹を触診した瞬間、「ああ、これは固いですね。虫垂炎の可能性が高いです」と言われ、そのまま病院へ搬送されました。病院でのCT検査の結果、診断はやはり「急性虫垂炎」。しかも、すでに炎症が強く、腹膜炎を起こしかけている危険な状態だということで、その日の夜に緊急手術が行われました。手術は無事に成功し、数日間の入院を経て退院することができましたが、あの時の経験は、私にとって大きな教訓となりました。最初は、ありふれた胃痛だと思い込んでいた痛みが、実は一刻を争う病気のサインだったこと。そして、痛みが移動するという、病気特有のサインに気づくことの重要性。腹痛を安易に自己判断することの恐ろしさを、身をもって体験した出来事でした。
私が経験した虫垂炎、最初はただの胃痛だった