ベテラン営業マンの田中さん(58歳)は、自分の足に自信があった。長年、外回りで鍛え上げた脚力は、若い者にも負けないと自負していた。しかし、その自信は、ある時から、じわじわと揺らぎ始めていた。「最近、駅の階段を上るのが、やけにきついな」。最初は、年齢のせいだと笑っていた。しかし、やがて、平坦な道を歩いていても、200メートルも進むと、ふくらはぎがパンパンに張り、締め付けられるような痛みで、立ち止まらざるを得なくなった。不思議なことに、数分休むと、痛みは嘘のように消え、また歩き出せる。彼は、この奇妙な症状を、長年の疲れが溜まった、ただの筋肉痛だと自分に言い聞かせ、湿布を貼ってごまかし続けていた。そんなある日、同僚とのゴルフの最中、事件は起きた。後半のラウンド、彼はカートを使わず、歩いてコースを回っていた。しかし、数ホール進んだところで、足の痛みが限界に達し、その場にうずくまってしまったのだ。心配した同僚に促され、彼はしぶしぶ、後日、近所の整形外科を受診した。腰のレントゲンを撮っても、特に異常は見当たらない。「年のせいでしょう」という診断に、彼は少し安心したが、症状は改善しなかった。見かねた妻が、インターネットで彼の症状を調べ、「間欠性跛行」という言葉を見つけ、循環器内科の受診を強く勧めた。専門のクリニックで行われたABI検査(足関節上腕血圧比)の結果は、彼の自信を打ち砕くものだった。正常値が1.0以上であるのに対し、彼の右足は0.7、左足は0.6。診断は、両足の「閉塞性動脈硬化症」だった。医師は、彼の足の血管のエコー画像を見せながら、こう告げた。「田中さん、あなたの足の血管は、動脈硬化でかなり狭くなっています。血液が、筋肉が必要とする分だけ、届いていないんです。そして、これは足だけの問題ではありません。心臓や脳の血管も、同じような状態になっている可能性が高いですよ」。その言葉は、彼にとって青天の霹靂だった。長年の喫煙習慣、濃い味付けの食事が大好きで、健康診断の高血圧やコレステロールの指摘も、見て見ぬふりをしてきた。その不摂生な生活のツケが、足の痛みという、明確な形で現れたのだ。彼は、その日から、人生を変える決意をした。禁煙を開始し、妻が作る減塩食を感謝して食べ、そして、医師に指導された「痛みが出たら休み、また歩く」という運動療法を、毎日、愚直に続けた。
ある営業マンの足のSOS。動脈硬化が教えてくれたこと