本稿では、典型的なマイコプラズマ肺炎の診断を受けた後、標準的な治療にもかかわらず咳が三ヶ月近くにわたって長期化した三十代男性、Aさんの症例を分析し、臨床的な示唆を提示します。Aさんは当初、近隣のクリニックでマクロライド系抗菌薬を処方されましたが、服用から五日が経過しても三十八度台の熱が下がらず、咳はむしろ悪化の一途を辿りました。この段階で、Aさんの体内のマイコプラズマは「マクロライド耐性菌」であったことが強く疑われます。近年、日本を含むアジア圏ではマイコプラズマの耐性化が深刻な問題となっており、これが咳をいつまでも長引かせる主因の一つとなっています。転院後の精密検査で肺に複数の浸潤影を確認した際、Aさんの咳は一分間に何度も繰り返され、会話が成立しないほどの重症度でした。直ちにニューキノロン系抗菌薬への切り替えと、全身性の炎症を抑えるための少量のステロイド内服が開始されました。薬剤の変更により熱は速やかに平熱へと戻りましたが、問題はそこから残存した咳の性質です。Aさんの場合、激しい咳の繰り返しによって肋間筋に炎症が起き、呼吸をするたびに胸痛を伴う「負の連鎖」に陥っていました。経過の後半、一ヶ月を経過した時点でも「乾いたコンコンという咳」が特定の時間帯、特に早朝と深夜に頻発していました。これは感染による気道粘膜の広範な剥離に加え、神経末端の露出による極度の感作が起きていることを示唆しています。治療は吸入ステロイド薬と気管支拡張薬の長期併用へと移行し、併せて粘膜保護剤の服用を継続しました。二ヶ月を過ぎたあたりで、ようやく呼吸器の過敏性が落ち着き、肺のレントゲン画像からも影が消失しました。この症例が教える重要な教訓は、マイコプラズマの咳がいつまで続くかは、最初の一週間の薬剤選択がいかに適切であったかに大きく左右されるという事実です。耐性菌を相手に効果のない薬を使い続ける期間が長ければ長いほど、気道のダメージは深くなり、その後の修復期間も指数関数的に増大します。Aさんは最終的に完治しましたが、その間の社会的な損失や肉体的な消耗は甚大なものでした。医療従事者は、治療開始から四十八時間から七十二時間経過しても解熱傾向が見られない場合には、躊躇なく薬剤の系統を変更する臨床的柔軟性が求められます。また、患者側も「薬を飲んでいるから大丈夫」と過信せず、自分の咳が改善の軌道に乗っているかを冷静に観察し、異常を感じたら早期に専門医の門を叩くことが、長期化という泥沼を回避するための唯一の手段となるのです。
抗生剤が効きにくいマイコプラズマで咳が長期化した症例の経過報告