耳鼻咽喉科の臨床現場において、大人がおたふく風邪にかかった際に最も警戒し、かつ悲劇的だと感じる合併症がムンプス難聴です。これは流行性耳下腺炎の原因であるムンプスウイルスが、内耳の蝸牛にある聴神経を直接攻撃して破壊することで引き起こされる感音難聴であり、その最大の特徴は、一度失われた聴力が二度と戻らないという点にあります。一般的な突発性難聴であればステロイド治療などで改善の見込みがありますが、ムンプス難聴はウイルスによる細胞の直接破壊であるため、現代医学を持ってしても有効な治療法が存在しないのが現状です。多くの患者さんは、耳の下の腫れと激痛、高熱に意識が向いていますが、ある朝、ふと電話の声が聞こえにくい、あるいは周囲の音が反響して聞こえるといった違和感に気づきます。大人の場合、重度の眩暈や耳鳴りを伴うことも多く、片側の耳が完全に聞こえなくなる重度の難聴へと数時間から数日のうちに進行します。難聴は発症から数日後に現れることもあれば、耳下腺の腫れが引いた後に遅れて出現することもあり、診断が遅れる要因となります。統計によれば、おたふく風邪にかかった人の数百人から数千人に一人の割合で発生すると言われていますが、成人の感染者が増えている昨今、そのリスクは決して低くありません。片耳の聴力を失うということは、単に音が聞こえにくくなるだけでなく、音の方向感が分からなくなったり、騒がしい場所での会話が極端に困難になったりすることを意味し、ビジネスやプライベートにおいて多大なストレスを強いることになります。私は診察室で、働き盛りの大人がおたふく風邪をきっかけに一生ものの障害を抱えてしまう姿を何度も見てきました。そこで痛切に感じるのは、この悲劇は「予防可能だった」という事実です。ムンプス難聴を防ぐ唯一の確実な手段は、おたふく風邪にかからないことであり、そのためには二回のワクチン接種が不可欠です。子供の頃に一回打ったきりの方や、母子手帳に記録がない方は、今すぐにでも抗体検査を受け、必要であれば追加の接種を行うべきです。たった数千円のワクチン代を惜しんだために、一生の聴力を失うという代償はあまりにも大きすぎます。おたふく風邪は決して過去の病気ではなく、今もなお私たちの生活を脅かす存在です。耳鼻科医として、耳の下が腫れた際に真っ先に耳の聞こえをチェックすることの重要性を強調するとともに、何よりも予防という最大の武器を手にしてほしいと切に願っています。
専門医が警告する大人のおたふく風邪に伴う難聴の恐ろしさ