あれは忘れもしない、昨年の五月の連休が明けたばかりの出来事でした。保育園に通う三歳の息子が耳の下が痛いと言い出し、小児科でおたふく風邪と診断されました。息子は三日で熱が下がり、一週間後には元気に登園していきましたが、本当の悲劇はその二週間後に私を襲いました。仕事中にふと首のあたりに違和感を覚え、鏡を見ると右の耳の下が少しふっくらとしていたのです。嫌な予感がして体温を測ると、すでに三十八度五分。そこから体温はみるみるうちに上昇し、その日の夜には四十度に達しました。大人がおたふく風邪にかかると重症化するという話は聞いていましたが、これほどまでとは想像もしていませんでした。まず、水一杯を飲み込むのに決死の覚悟が必要でした。喉というよりは、耳の奥から顎にかけて鋭いナイフで突き刺されるような激痛が走り、唾液を飲み込むたびに全身がビクッと跳ね上がるほどの苦しみでした。二日目には左側もパンパンに腫れ上がり、顔の輪郭は四角く変形し、自分の顔を鏡で見るのが怖くなるほどでした。さらに、熱による意識の朦朧とした状態が続く中で、私が最も恐れていた合併症の兆候が現れました。股間に違和感を覚え、確認すると精巣が通常の二倍ほどに腫れ上がり、立っていられないほどの鈍痛に襲われたのです。これが噂に聞く精巣炎かと、私は絶望的な気分で夜間救急に電話をしました。医師からは、激しい腹痛や頭痛がなければ自宅で安静にするように言われましたが、もしこれ以上悪化したら入院、あるいは将来的に子供が望めなくなるのではないかという恐怖で、暗い部屋で一人、涙が止まりませんでした。妻は息子の看病で手一杯でしたが、私のあまりの憔悴ぶりに、アイスノンやゼリー飲料をこまめに用意してくれました。しかし、大好きなプリンでさえ、酸味や甘みが唾液腺を刺激し、食べるたびに悶絶する始末でした。結局、仕事は丸二週間休み、その間に体重は四キロも減少しました。腫れが引いた後も、一ヶ月ほどは全身の怠さが抜けず、元のペースで働けるようになるまでには長い時間がかかりました。今回のことで痛感したのは、自分の免疫を過信してはいけないということです。私は子供の頃におたふく風邪をやったと親から聞いていましたが、実は抗体がなかったのか、あるいは型が違ったのか。いずれにせよ、あの地獄のような日々を避けるためにワクチンを打っておけば良かったと、心から後悔しています。今、周りでおたふく風邪が流行っているという親御さんがいたら、お子さんだけでなくご自身の抗体もぜひ確認してほしいです。大人の男性にとってのおたふく風邪は、単なる風邪ではなく、人生を揺るがす深刻な疾患なのですから。
子供からうつったおたふく風邪で入院を覚悟した壮絶な体験記