それは、幼稚園で夏風邪が流行り始めた七月の終わりのことでした。四歳の娘が夕方から突然の四十度の熱を出し、翌朝には目が真っ赤に充血していました。小児科での診断はアデノウイルス。熱が高いことで有名な病気ですが、私たち家族を本当の地獄へ突き落としたのは、解熱後に始まった「止まらない咳」でした。熱が三日で下がった時、私は「これでやっと楽になれる」と安堵しました。しかし、その夜から娘の咳はまるで何かに憑りつかれたように激しくなり、コンコン、コンコンという鋭い音が暗い寝室に響き渡りました。一回咳き込むと、肺の空気がすべて空っぽになるまで止まらず、最後には嘔吐してしまうこともしばしばでした。娘は泣きながら「お口が痛い、苦しい」と訴え、私は背中をさすり続けることしかできませんでした。病院へ行っても「アデノは特効薬がないから、本人の力で治るのを待つしかないよ」と言われ、処方された咳止めシロップも、まるでおまじない程度の効果しかありませんでした。夜中、一睡もできずに娘を抱っこし続け、朝の光が差し込む頃には私の精神も限界に達していました。インターネットで「アデノウイルス、咳、いつまで」と検索し続け、一ヶ月続くこともあるという記述を見つけては絶望する日々。仕事も一週間以上休まざるを得ず、社会から取り残されたような焦燥感と、わが子の苦しみを代わってあげられない無力感に押しつぶされそうでした。転機が訪れたのは、発症から十日目、あまりの咳のひどさに再診した際、医師が「粘膜がボロボロになっているから、吸入器を貸し出しましょう」と言ってくれた時でした。自宅で朝晩の吸入を始めると、あんなに頑固だった咳の勢いが少しずつ和らぎ、娘にようやく笑顔が戻ってきました。結局、完全に咳が消えるまでには丸三週間かかりましたが、あの期間は私たち親子にとって人生で最も長い三週間でした。アデノウイルスは、ただの夏風邪ではありません。親の体力と気力を極限まで削り取り、子供の小さな体をズタズタにする恐ろしいウイルスです。あの時の経験から私が学んだのは、市販の薬や気休めの知識に頼らず、もっと早くにセカンドオピニオンを求めるべきだったということです。咳が止まらないという状態は、それだけで十分な緊急事態です。もし今、同じように夜の咳に怯えながらこの記事を読んでいるお母さんがいたら、伝えたいです。「あなたのせいじゃない、アデノがしぶといだけ。でも、必ず終わりは来る」と。わが子の健やかな寝顔が戻った今、健康で普通の呼吸ができることのありがたみを、私たちは毎日噛み締めています。